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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より解説者の役職・所属寺院名などは掲載当時のもの

信を以て慧に代う 信の一字を詮となす

解説:学林教授・中原  本門寺住職 光林 孝玄

信を以て慧に代う 信の一字を詮となす

 仏法では、私たちの存在をぼんのうそくぼんとみつめます。

 身がわずらい苦しむを、煩。心が悩み苦しむを、悩。それらを丸抱えしているのが私たちであります。

 この煩悩を破り、ほっかいの真実を照らす力を「智慧」と申します。

 この智慧にも、かんのさとり、菩薩のさとり、如来のさとり、とより深い世界が存在しています。諸経の王と評される法華経では、煩悩の根にあるみょうが破られ、悠久の鼓動の中に一切の生命が救いとられ、一つの固き絆として結ばれる魂の真実が語られます。

 これを「じょうたいの語」と申します。

 智慧第一の弟子と称賛されたしゃほつそんじゃさえも妙法のさとりは「信を以て入ることを得たり」と「信」の大事が説かれます。また如来寿量品第十六では、菩薩たちに、

 「汝ら当に如来の誠諦の語を信解すべし」と何度も丁重にいましめられて、菩薩たちが仏語を「信受」することを固く誓われます。

 ご聖句の「信を以て慧に代える」とは、本仏釈尊の大いなる智慧と慈悲のごころは、妙法を「信受」することによっていただけるもの、と「信行」の大事をお教えになられたご教示であります。

 「信」は仏道の初門であるとともに、成就に導く最も大切な心得であります。

  仏道に入る根本は
     信をもて本とす―大聖人
  信は道の源 功徳の母と為す
                ―釈尊

 曇りなき信心の中に、人の心は、正しく導かれ、豊かに育まれていくものであります

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