日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より解説者の役職・所属寺院名などは掲載当時のもの
法華経の題目を唱えまいらせてまいらせ
解説:学林教授・大久保 本修寺住職 田中 靖隆
法華経のお題目をお唱えしてご供養してまいりましょう
この一文は持妙尼と呼ばれる女性信徒に宛てたお手紙の結びの句です。
持妙尼は大聖人に亡き夫の命日のご供養をお願いし、お布施を送りました。
このお手紙を持妙尼に書かれたのは、夫の三回忌といわれていますから、死後二年しか経っておらず、まだまだ悲しみの最中だったのではないでしょうか。
故人との関係にもよりますが、親子や夫婦、兄弟など深い関わりの人を亡くした方が、涙なしにその方を語れるようになるまで、平均でも四年半の時間が必要といわれています。
その間、残された方は生きること、死ぬことの不条理に苦しみ、こうすればもっと生きられたかも、治療で故人をかえって苦しませてしまったのでは、最後にあれを食べさせてあげたかった、自宅に帰してあげたかった、何であの人が・・・と、さまざまに後悔し悩み悩みます。そして、会いたい、話したいことが叶かなわぬ現実に孤独感に、また深く悲しみ、残った者が人生を楽しむことなどはばかられるような気持ちになります。
本当に悲しい、苦しい時間ですが、そのような時に効果があることが何かわかってきました。
それは、まさに私たち法華宗の檀信徒の皆さまがしているような「故人を無理に忘れようとしないこと、故人がどこにいるか自分なりの答えを見つけること」だそうです。
そして、この苦しみの最中にある方にはどうしてさしあげるのがよいのでしょうか。身の置き所のない苦しい沈黙を共有し、時折ポツポツと絞しぼり出される言葉に耳を傾け、一緒に涙を流します。そして、お題目を小さな声でともに唱えてさしあげてみてはいかがでしょうか。
その声が、気持が故人をきっとあちらの世界で強く守ってくださる気がいたします。
(註・「昭定」=『昭和定本日蓮聖人遺文』)